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大分地方裁判所 昭和59年(わ)110号 判決 1984年9月06日

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五九年二月一〇日午前二時二〇分ころ、大分市×××××所在のA方車庫内において、同人の長女B外一名所有のブラジャー等三点(時価約二、二〇〇円相当)を窃取したが、その直後、右Aの妻Cに発見、誰何されたため、付近の路上に停めていた貨物自動車でその場から逃走したものの、同日午前二時四五分ころ、同所から約4.5キロメートル離れた同市×××××先のP三差路交差点に至り、折から信号待ちのため一時停止した際、被告人が車で逃げるのを目撃し、前記自宅から車で追跡してきた右A(当時四六歳)に追い付かれ、同人から「降りい警察に行くぞ」などと言われ、更に同人はその場を通り掛つたタクシーの運転手に対し「警察を呼んでくれ」などと依頼していたことから、このままでは同人更には警察官に逮捕されるため、これを免れようとして、再び右貨物自動車を発進させ逃走しようとしたが、なおも同人が同車の運転席側ドア下のステップに飛び乗つたうえ、右ドアに取り付けられたバックミラーの支柱を右腕で抱え込み、左手で運転席窓の下辺の枠を握つた状態で同車にすがり付いて来るや、これを認識しながら、あえて次第に加速し毎時約三〇ないし四〇キロメートルの速度で前記交差点から約一五〇メートル北方の同市×××××所在のQビル前付近路上まで同車を運転走行させる暴行を加え、その間運転席に上半身を乗り入れて来た同人の方を向き、その胸部付近を二、三回右手で振り払うなどしながら左手のみでハンドル操作をしたため運転を誤り、同車左側前部を道路左側のガードレールに激突させ、同車を右側に横転させて同人を同車の下敷きにし、よつて、即時同所において、腹部内臓破裂等により失血死するに至らしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、前記公訴事実につき、被告人は被害者Aに対し何らの暴行を加えておらず、特に、被告人が「勘弁して下さい。降りて下さい」と哀願しながら右手で被害者を軽く押した行為は事後強盗罪(刑法二三八条)にいう暴行には該当せず、また被告人は右Aの死亡という結果は予見し得なかつたもので、被告人の行為と右Aの死との間には何ら因果関係はない旨主張するので判断するに、前掲各証拠によれば、被告人はP三差路交差点において自らの運転する保冷庫付きで最大積載量三、二五〇キログラムの普通貨物自動車を発進させたところ、右Aが同車の運転席側ドアの下に設けられたステップに飛び乗つて来、その際、同人は判示認定の姿勢で地上から約四五センチメートルの高さに水平に取り付けてある幅約15ないし16.5セソチメートル、長さ約三〇センチメートルのほぼ台形状をした前記ステップに両足(ほとんど爪先部分と考えられる)を乗せた状態にあつたが、被告人は、これを認識しながら、次第に加速すれば右Aが逮捕を断念し飛び降りるであろうと考え、加速走行したこと、そして、この間被告人は、運転席内に上半身を乗り入れて来た右Aに対し、これを振り払うように同人の胸付近を右手で二、三回軽く押すなどしながら、前方注視も不十分なまま、左手のみでハンドル操作をして運転を継続した結果、自車左前を道路左側のガードレールに激突させて同車を横転させ、その結果右Aを死亡するに至らせたことが認められる。ところで、右のうち右Aの胸付近を軽く押した行為は、被告人が述べるように、むしろ右Aに対して単に降車を促したにとどまる程度のものと見られないでもないので、これを除くとしても、右のような状況における自動車の走行継続自体が、まさに右Aに対して向けられた積極的な有形力の行使行為というべきで、単純な逃走行為と同視できず、しかもその程度においても、右Aがステップに乗つている際の不安定な体勢等からして、右Aが転落し、更には車体に巻き込まれるなどしてその生命、身体に重大な危険をもたらすおそれがあつたことは明らかであるから、右の暴行は、右Aの逮捕遂行の意思を制圧するに足り、事後強盗罪にいう暴行に該当すると解するのが相当である。また、右のような状況下で右自動車の走行を続けるならば、安全に自車を操縦することができず、自車を他車あるいは道路沿いの施設に衝突させるなどして右Aの生命、身体に危害を加える結果に至ることは、当然予見し得たというべく、因果関係のあることは明らかであり、結局、弁護人の前記各主張はいずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二四〇条後段に該当するところ、所定刑中無期懲役刑を選択し、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一八〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

被告人は、過去窃盗あるいは常習累犯窃盗罪等の前科を六犯有し、五度の服役を経験しながら、何ら反省自戒することなく更に本件窃盗行為に及び、Aから追跡発見されるや判示認定の経過で同人をして無残な死をとげさせるに至つたもので、本件の罪質は悪質であり、発生した結果もまことに重大であつて、同人の遺族は一家の働き手を奪われてその幸福な生活は一挙に崩壊し、遺児らは大学進学の計画を断念せざるを得なくなつており、遺族の心情は察するに余りあること、未だ遺族との間で示談も整つておらず、その処罰感情にも今なお厳しいものがあること等を考え合わせると、被告人の刑責は極めて重いといわなければならない。

しかしながら、被告人としてみれば、右Aが被告人を追跡し、被告人が自動車を発進させた後もなおステップに乗つてすがり付いて来たことなどに対する狼狽のあまり、本件結果に至つたものであることは理解に難くないこと、同人の遺族に対しては被告人の家族から見舞金等として金五七万円が支払われていること、被告人は前刑の服役後は正業に就き、勤務先の上司にも信頼される程その勤務態度も勤勉であつて、更に昭和五八年一〇月には結婚して家庭生活を営むなど、更生の兆も見受けられていたこと、被告人も本件について深く反省し、被害者の冥福を祈つていることなど、被告人のため酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合考慮したうえ、主文のとおり量刑した次第である。〔編注――求刑懲役一〇年〕

よつて、主文のとおり判決する。

(近藤道夫 東尾龍一 原村憲司)

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